VW パーツ / フォルクスワーゲン エアロ・サスペンション・マフラー・ブレーキ等VW用アフターパーツを激安価格で全国通販!

アフターパーツ.co.jp ホームへ
フォルクスワーゲン VW パーツ

フォルクスワーゲン用パーツを車種から検索

車種名をクリックするとその車種に対応したアフターパーツメーカー一覧が表示されます。
(スペーサー・ボルト等一部商品は車種別分類をいたしておりません。商品ブランドからの検索でお確かめください。)

ニュービートル
/ビートル/
カルマンギア
TYPEV CARAVELLE コラード シャラン
ゴルフT ゴルフU ゴルフV ゴルフW ゴルフX
ゴルフY ゴルフ トゥーラン ゴルフ PLUS イオス ボーラ
ジェッタ ヴェント パサート ルポ ポロ
シロッコ クロス ポロ クロス ゴルフ ティグアン トゥアレグ
ヴァナゴン T2/T3 ヴァナゴン T4
(EUROVAN)
     

◆フォルクスワーゲンとは?
フォルクスワーゲンとは、ドイツ・ニーダーザクセン州のヴォルフスブルクに本社を置く自動車メーカーであるフォルクスワーゲン株式会社(Volkswagen AG)の製造する自動車ブランドの一つを指す。サービス拠点、販売拠点を多数維持するほか金融部門も運営する。ルノーやフィアットと並び、ヨーロッパを代表する大手自動車メーカーであり世界の自動車産業のリーディング・カンパニーの一社である。 フォルクスワーゲン社(略称:VW AG)の乗用車ビジネスはフォルクスワーゲン・ブランドおよびアウディ・ブランドの2ブランド制をとっており、フォルクスワーゲン・ブランドにはフォルクスワーゲン乗用車部門(Volkswagen)、シュコダ(Skoda)、ベントレー(Bentley)、ブガッティ(Bugatti)が含まれ、アウディ・ブランドにはアウディ(Audi)、セアト(SEAT)、ランボルギーニ(Lamborghini)が含まれる。それぞれのブランドは市場で独自のアイデンティティを持ち、また独立した企業運営がなされている。また商用車ビジネスには別途のブランドとして商用車部門(Volkswagen Nutzfahrzeuge)が設けられ、トラック、バス、バン、キャンピングカーを含む。8つのブランド全体を指す場合、ドイツ語のVolkswagen AG (略称:VW AG)とは別に、英語でフォルクスワーゲン・グループ(The Volkswagen Group)という表現を VW 社自らがよく使用している。 単にフォルクスワーゲンという場合、企業としての Volkswagen AG を指す場合と、乗用車ブランドである Volkswagen を指すことがある。さらに狭義では同社の最初の生産車であり長期にわたり全世界に多数のユーザーを得た車種『タイプ1』を指す場合もある。
フォルクスワーゲンVolkswagen)は、ドイツ語で「国民車」または「ドイツ民族のための乗用車」の意 (英語への直訳 "People's car")。
"Volkswagen" のドイツ語発音は 「フォルクスヴァーゲン」、英語発音は 「ヴォルクスワグン」 であり、日本では"Volks" 部分をドイツ語読み、"wagen" 部分をローマ字読みした、「ヤナセ」考案の「フォルクスワーゲン」という呼び方が慣例的に用いられていた。独 VW 社の日本法人が1983年7月に『フォルクスワーゲン 株式会社』として設立されたことによりドイツ語と日本語の混合名称は公式に追認された形である。現在はフォルクスワーゲン グループ ジャパン株式会社に改名している。 日本では『フォルクスワーゲン』およびその短縮形の『ワーゲン』は長い間、同社の車種『タイプ1(独:Typ 1の英語読み)』を指す愛称として用いられてきた。本国ドイツではこれを『甲虫(ケーファー、Kaefer)』と呼び、英国では『甲虫(ビートル、Beetle)』と呼び(右上写真)、米国で単に『虫(バグ、Bug)』と愛称され、バグは日本でもエンスー(マニア)のあいだで用いられている。(VWビートル) 旧フォルクスワーゲン製造会社は第二次世界大戦前にナチス政権の国策企業として設立された。現在のフォルクスワーゲン社は、戦後のイギリス軍占領下で復活したが、戦前から引き継がれたのはポルシェのデザインのみである。フォルクスワーゲン社の年表は1937年設立となっているが、会社としては第二次世界大戦後にイギリス流の考え方がかなり反映された会社で、精神は全く別の会社である。その後西ドイツへ譲渡され、1960年までは国営。そのため「フォルクスワーゲン法」という特別な法律が制定された。この法律により、投資家はどんなに株を買っても議決権の20%までしか保有できないようになっているほか、筆頭株主がニーダーザクセン州であるなど、通常の一般企業とは異なる面をもつ。 なお、フォルクスワーゲン法は欧州委員会から欧州連合の法令に違反していると指摘されたために、廃止される方向である。このため、安定株主を確保する必要に迫られた VW 社は、歴史的に繋がりが深く、業務提携関係にあるポルシェに株式提携を要請。2005年9月、ポルシェは VW 社の株式の20%を取得し、筆頭株主になると発表した。 グループ企業にアウディ、セアトなどがあり、世界でのグループの販売台数は世界有数の規模を持つ。
◆フォルクスワーゲンの歴史
フォルクスワーゲン・ビートル
フォルクスワーゲン・ビートル
フォルクスワーゲン・カルマン・ギア
フォルクスワーゲン・カルマン・ギア
フォルクスワーゲン・ルポ
フォルクスワーゲン・ルポ

  • 1945年:アイバン・ハーストをリーダーとするイギリス軍の管理下で新生フォルクスワーゲン工場として、はじめてフォルクスワーゲン(KdF 車)を生産する。イギリス占領軍政府から2万台のワーゲン生産を受注、この年にはキューベルワーゲンも生産された。KdF 車は「フォルクスワーゲン・タイプ1」に車名を変更する。
  • 1948年1月:イギリス軍からハインリッヒ・ノルトホフがフォルクスワーゲン社長に任命される。
  • 1949年:カルマン社よりカブリオレがデビュー。
  • 1950年:初の商用車、タイプ2(初代トランスポーター)がデビュー。タイプ1が10万台目のラインオフ。
  • 1952年:ハインリッヒ・ノルトホフ フォルクスワーゲン製造会社社長が米国経由で来日、4台のタイプ1が持ちこまれる。記録に残る日本最古のフォルクスワーゲン。
  • 1953年:ヤナセが108台のフォルクスワーゲンを輸入、翌年輸入販売権を獲得。日本への本格的なフォルクスワーゲン輸入がはじまる。
  • 1955年:カルマンギアがデビュー。
  • 1957年:タイプ1、200万台目のラインオフ。
  • 1961年:タイプ3デビュー。
  • 1960年:独フォルクスワーゲン社、有限会社 (Volkswagenwerk GmbH)から株式会社 (Volkswagen AG) に変更。
  • 1966年:タイプ3ファストバックデビュー。
  • 1968年:タイプ2モデルチェンジ、2代目となる。通称レイトバス。タイプ4(411)デビュー。
  • 1969年:初の水冷モデル、NSUより開発されたK70を新工場、ザルツギッター工場で生産開始。
  • 1970年:VW181デビュー。
  • 1972年:1500万7034台目のタイプ1がラインオフ、T型フォードの記録を更新。
  • 1973年:初代パサートデビュー。タイプ4がモデルチェンジ、412に。
  • 1974年:初代ゴルフデビュー。カルマン社生産により初代シロッコがデビュー。カルマンギア生産中止(累計44万5295台)。
  • 1976年:生産開始から31ヶ月目で100万台目のゴルフがラインオフ。
  • 1977年:ダービー(ポロの2ドアセダン)デビュー。
  • 1978年:欧州でのタイプ1生産中止。白と黒のみの最終生産型はヤナセでは「グローリー・ビートル」と名付け、船上で完売。そのまま納車されたので店頭に並ぶことはなかった。
  • 1979年:ジェッタ(初代)デビュー。3代目カラベル(乗用)/トランスポーター(商用)(北米名Vanagon)。
  • 1981年:パサート、シロッコ(共に2代目)デビュー。
  • 1982年:2代目ポロ、デビュー。
  • 1983年:2代目ゴルフ、デビュー。
  • 同年7月:フォルクスワーゲン Werk AGの出先機関としてフォルクスワーゲン株式会社設立。
  • 1984年:2代目ジェッタ、デビュー。日産自動車と提携、サンタナ(2代目パサート)生産開始。
  • 1988年:コラードデビュー。
  • 1989年:3代目パサート、デビュー。
  • 同年:欧州版トヨタハイラックスOEMでVW TARO発表
  • 同年8月:フォルクスワーゲン アウディ 日本株式会社(略称:VAN)設立 
  • 1990年:欧州でVWバスの4代目カラベル/トランスポーター発表
  • 1991年:3代目ゴルフとヴェント、デビュー。日本や欧州ではジェッタ一旦廃止
  • 1992年:トヨタがVW・Audi車販売店鋪DUOをオープン
  • 1993年:北米仕様カラベルとしてユーロバンEuroVan発表
  • 1994年:日本仕様カラベルとしてヴァナゴンVanagon発表
  • 1995年:3代目ポロ、デビュー。
  • 1996年:4代目パサート、デビュー。
  • 1997年:4代目ゴルフとボーラ、デビュー。ヴェント廃止
  • 1998年:ニュービートル北米デビュー。翌年にヨーロッパでも発売される。
  • 同年9月:第二次大戦中の強制労働に対する補償を開始。
  • 1999年:北米で起こったニュービートルフィーバーが日本にも飛び火。
  • 2002年:4代目ポロ、デビュー。
  • 2003年:ドレスデン新工場からフェートン、デビュー。ポルシェとの共同開発SUVトゥアレグ、デビュー。トランスポーター、5代目に。ニュービートルにカブリオレ追加。アウディを含むVGJ累計輸入台数が50万台を突破。
  • 2004年:5代目ゴルフとニュービートルカブリオレ、デビュー。アラブ首長国連邦アブダビ首長国が同社株式の13%を取得。ゴルフ・ゴルフ トゥーランがCOTYインポート=カー=オブ=ザ=イヤー受賞。
  • 2005年:ジェッタ・ゴルフプラス・5代目パサート、デビュー。ポルシェが同社株式の20%取得。フェートン、北米地域での販売中止を決定。エオス(Eos)をフランクフルトIAAショーで発表。エコレーサーを東京モーターショーで発表。日本での単独ブランド累計輸入100万台突破。記念式典が豊橋インポートセンターで開催。
2006年現在では、本国ドイツの他、メキシコ・ブラジル・中国などに生産拠点を置き、VWと同格位置づけの会社としてアウディが存在するほか、VW傘下のグループ企業として・シュコダ(チェコ)・セアト(スペイン)・ベントレー(イギリス)、及びアウディ傘下のランボルギーニなどのブランドを抱える多国籍企業である。
出典:Wikipedia